よくあるご質問
わ碁ころ幼稚園について、あらかじめお伝えしておきたいことをまとめています。
わ碁ころ幼稚園について
- わ碁ころ幼稚園とは何ですか?
わ碁ころ幼稚園は、幼児教育の考え方と世界観をもとに、Webコンテンツ、アプリ、文章、物語、キャラクターなどを企画・制作する活動です。
正解や勝ち負け、速さや上達だけでなく、子どもが考えている途中の姿や、試行錯誤する時間、気持ちの動きを大切にしています。
囲碁は、その考え方を子どもが遊びとして体験するための、教材・体験手段の一つです。
- わ碁ころ幼稚園は、実在する幼稚園ですか?
いいえ。わ碁ころ幼稚園は、実在する幼稚園、保育園、認定こども園などの施設ではありません。
「幼稚園」という言葉は、幼児期の子どもが安心して入っていける、やさしい学びの世界を表す名称として使っています。
園舎はなく、園児募集、通園、保育、預かりなどは行っていません。
- どのようなコンテンツを制作していますか?
幼児教育の考え方を伝えたり、遊びとして体験したりするためのコンテンツを企画・制作します。
主な内容には、Webコンテンツ、アプリ、教材、保護者向けの記事、物語、キャラクターによる案内などがあります。
実際に利用できるコンテンツや公開状況は、公式サイトの案内をご確認ください。
教育理念と大切にしているまなざし
- わ碁ころ幼稚園が、子どもの育ちで大切にしていることは何ですか?
正解、勝ち負け、速さ、上達といった結果だけでなく、子どもが考えている途中の姿、試行錯誤する時間、気持ちの動きを大切にしています。
子どもが自分で見て考えること、自分で選ぶこと、選んだ結果を経験すること、必要に応じてもう一度試すことができるような体験をつくります。
特定の力が必ず伸びると断定するのではなく、一人ひとりの育ちにふれるための経験として大切にしています。
- 「子どもを変える」のではなく、何を目指しているのですか?
子どもを大人の望む形へ早く変えることではなく、子どもを見る大人のまなざしを少しやわらかくすることを目指しています。
困った行動や失敗に見える姿の中にも、まだ言葉になっていない気持ちや、考えている途中の時間があるかもしれません。
できた・できなかった、よい子・困った子と急いで分ける前に、「この姿の奥には何があるのだろう」と見てみることを大切にしています。
- 「育ちの芽」とは何ですか?
一見すると失敗や困ったことに見える姿の中にある、小さな心の動きを表す言葉です。
泣いたあとにもう一回と思えたこと、待てなかったけれど次は止まろうとしたこと、言葉にできなかったけれど黙って考えていたことなどです。
まだ大きな成果には見えなくても、その子の中で少し動き始めているものを「育ちの芽」として見つめます。
- 「できた!の手前」とは何ですか?
結果として成功する前にある、子どもの試行錯誤や心の動きのことです。
やってみようとした、迷った、失敗して悔しかった、少し待とうとした、言葉にしようとした、もう一回と思えた。
子どもの育ちは、「できた!」という結果だけではなく、その手前にもあると考えています。
- 「小さな一手」とは何ですか?
子どもが自分なりに選んだ小さな行動や、もう一回やってみようとする気持ちを表す言葉です。
もう一度やってみる、一度立ち止まる、違う方法を試す。そうした小さな選択が、次の場面を少し変えることがあります。
囲碁の一手のように、結果をすべて決める大きな答えではなく、次へ進むための一つの選択として捉えています。
わ碁ころ幼稚園の世界観と日常
- わ碁ころ幼稚園には、どのような世界が広がっているのですか?
わ碁ころ幼稚園は、子どもの「できた」だけでなく、その手前にある迷い、工夫、気づき、悔しさ、もう一度やってみようとする気持ちを見つめる教育世界です。実在する幼稚園や保育施設ではありません。
この世界には、子どもたちが紙や箱、折り紙などで作る「紙の町」があります。紙の町には、すぐには届かない気持ちやあとで言葉になる思いを置いておく「赤いポスト」や、待つことを考えるための「待つ石」などが置かれます。
どれも、子どもを急がせたり、できたかどうかを確かめたりするための場所ではありません。まだ言葉にならない気持ちや、明日に残したいことを、そのまま置いておけるようにするための、物語の中の場所です。
- わ碁ころ幼稚園の一日は、どのように描かれていますか?
わ碁ころ幼稚園の一日は、子どもたちがそれぞれの気持ちを持ってやってくるところから始まります。元気に入ってくる子も、まだ眠そうな子も、昨日の続きを覚えている子もいて、同じ朝でも始まり方は違います。
日常で描かれるのは、特別な成功体験よりも、毎日の中にある小さな場面です。積み木を作る、順番を待つ、友だちとぶつかる、負けて悔しがる、もう一回やってみる。そうした何気ない姿を、急いで評価せずに見つめます。
いつも穏やかな日として描くわけではありません。泣く日も、うまくいかない日もありますが、その一つひとつをすぐに失敗として閉じず、今日の中に何が少し残ったのかを見つめます。
ここで描かれるのは物語や世界観の中の姿で、実在する園の保育の様子ではありません。
- わ碁ころ幼稚園に、物語や絵本などの作品はありますか?
わ碁ころ幼稚園では、物語やキャラクターを、幼児教育の理念や世界観を届けるための表現手段として制作しています。『なくさないように――片方の靴下と、千年の亀』は、そのひとつです。
保護者や先生に向けた読みものも制作しています。子育てや教育に一つの正解を押し付けるのではなく、余裕がない日にもそっと寄り添える文章を届けたいと考えています。
ここでご紹介しているのは、物語、キャラクター、読みものといった形の制作内容で、公開日や掲載状態をお伝えするものではありません。それぞれの作品を実際に読めるかどうかや公開状況は、公式サイトの案内をご確認ください。
囲碁を通して届けたい体験
- わ碁ころ幼稚園と囲碁は、どのようにつながっていますか?
囲碁を、勝ち負けだけを競う遊びとしてではなく、子どもが考えたり、待ったり、相手を見たり、もう一度試したりする経験にふれるための教材・体験手段として扱っています。
囲碁は、わ碁ころ幼稚園の活動全体そのものではありません。幼児教育の考え方を、遊びとして体験するための手段の一つです。
- なぜ囲碁を幼児向けの体験に取り入れるのですか?
囲碁には、一手を置く前に考える、相手の番を待つ、相手の石を見る、自分で一つを選ぶ、思い通りにならない結果に出会う、もう一度試すといった場面があります。
そうした経験を、子どもが遊びとして体験できるからです。
大人向けの囲碁をそのまま教え込むのではなく、子どもが入りやすい遊び、アプリ、教材、物語などの形にして届けることを大切にしています。
- ぺたぴょん囲碁と、わ碁ころ幼稚園はどのような関係ですか?
ぺたぴょん囲碁は、わ碁ころ幼稚園が大切にしている考え方を、子どもが実際に遊びながら体験するための教材です。
子どもにとっては、自分で見て考え、一手を選ぶための遊びです。
大人にとっては、子どもがどのように考え、選び、結果を受け止めるのかを見つめるきっかけになります。
ぺたぴょん囲碁について
- ぺたぴょん囲碁は、どのように遊ぶのですか?
6×6の小さな盤を使います。子どもは「うさぎ」になって先に石を置き、次に「かめ」のAIが石を置きます。以後は、うさぎとかめが交互に一手ずつ置いていきます。
同じ色の石は、上下左右に隣り合うと一つの仲間としてつながります。逃げ道がすべて相手の石でふさがれると、その石は取られて盤からなくなります。両方が続けてパスをすると対局が終わり、盤に残った石の数を「おやつ」として比べて、多い方が勝ち、同じ数なら引き分けです。
置いたあとで考え直したいときは「まった」で一つ前に戻り、「もういちど」で新しい対局を最初から始められます。置ける場所は画面が判定するため、子どもが最初からすべてを覚える必要はありません。思った通りにならないこともありますが、そこからもう一度考えることも、遊びの一部です。
ルールの細かな決まりや画面の表示は、更新されることがあります。実際に遊べる内容や公開状況は、公式サイトの案内をご確認ください。
- ぺたぴょん囲碁は、何歳ごろから遊べますか?
主に、幼稚園や保育園に通う年齢の子どもを想定しています。ただし、楽しみ方やルールの理解には個人差があります。
最初は、勝ち負けやルールの理解を求めすぎなくても大丈夫です。「石を置けた」「おやつが増えた」「最後まで遊べた」という体験から始めてみてください。
はじめは、大人が一緒に画面を見ながら、「どこに置いてみたい?」と声をかけるところから始められます。保護者が囲碁を知らなくても、一緒に遊べます。
子どもの年齢、体調、集中の様子に合わせてご利用ください。途中で気持ちが離れたときは、無理に最後まで続けなくても問題ありません。
ぺたぴょん囲碁と保護者の関わり方
- 囲碁のルールを知らないのですが、ぺたぴょん囲碁で遊ぶ子どものそばにいても大丈夫ですか?
囲碁の詳しい知識がなくても、子どもの体験を見守ることができます。正しい手を教えることよりも、子どもがどこを見て、どう選び、結果をどう受けとめているかに気づくことを大切にしています。
保護者や先生が、教材や遊びの専門家である必要はありません。子どもの代わりに答えを決めるよりも、子ども自身が考えやすくなる関わり方を大切にしています。
声をかけるなら、「どこに置いてみたい?」「そこに置こうと思ったんだね」といった言葉があります。できた・できないを評価する言葉や、兄弟や友達と比べる言い方は、置かないようにしています。
- ぺたぴょん囲碁で負けて子どもが泣いてしまいます。どうすればよいですか?
負けること、間違えること、迷うことも、子どもの自然な経験として扱っています。悔しくて涙が出ることも、その中にあります。
まずは「悔しかったね」と気持ちを受けとめます。すぐに泣き止ませたり、勝ち方を教えたり、もう一度対局させたりする必要はありません。
落ち着いたあとで、続ける、休む、終える、もう一度遊ぶことを、子どもが選べるようにします。「またやりたくなったら、もう一回しようね」と伝えて、その日は終わりにしてもかまいません。
「失敗したら終わり」ではなく、安心して考え直し、別の方法を試し、もう一度挑戦できる体験を大切にしています。
- 子どもが同じ手を何度も繰り返します。やめさせたほうがよいですか?
無理にやめさせなくて大丈夫です。最初は、置くこと自体が楽しい場合があります。同じ失敗に見えても、結果を確かめていることがあります。
負けること、間違えること、迷うこと、同じことを繰り返すことも、子どもの自然な経験として扱っています。無理に長く考えさせなくてかまいません。
慣れてきたら、「置く前に逃げ道を見てみようか」と、短く立ち止まるきっかけをつくることもできます。うまくいかない手でも、すぐに止めずに、結果を見る余地を残します。
子どもの考え、選択、感情を尊重し、大人や教材が答えを決めすぎないようにしています。やめさせるかどうかについても、一つの正しいやり方をお示しするものではありません。
まゆ先生について
- まゆ先生とは誰ですか?
まゆ先生は、わ碁ころ幼稚園の世界観に登場する案内役です。
子どもの日常にある小さな心の動きや、「できた!」の手前にある姿を、大人が少し違う角度から見つめるための言葉を届けます。
正しい子育ての答えを教える人ではなく、子どもを見るまなざしに余白をつくるための存在です。
- まゆ先生は実在する人物ですか?
いいえ。まゆ先生は実在する人物ではありません。
実在する保育士、幼稚園の先生、特定の人物をモデルとして示すものでもありません。
また、わ碁ころ幼稚園も実在する幼稚園や保育施設ではありません。
- まゆ先生と、わ碁ころ幼稚園はどのような関係ですか?
まゆ先生は、わ碁ころ幼稚園の教育観や世界観を、保護者や読者へ伝える案内役です。
わ碁ころ幼稚園が大切にしている、子どもの考えている途中を見つめることや、保護者を責めないことなどを、文章や物語などを通して伝えます。
- まゆ先生は、子育ての正解を教えたり、「叱らない子育て」をすすめたりしますか?
いいえ。
まゆ先生は、「こうすれば子どもは伸びる」「叱らないことが正しい」といった一つの方法を示す存在ではありません。
危険な行動や、誰かを傷つける行動があれば、大人が止めることが必要です。そのうえで、行動だけを見て子どもを責める前に、何があったのか、どのような気持ちがあったのかを見ようとします。
止めること、守ること、境界を示すことと、子どもの存在を否定することを分けて考えます。
ご利用にあたって
- 子どもの発達や子育てについて相談できますか?
いいえ。わ碁ころ幼稚園は、発達や子育てについて個別のご相談をお受けする活動ではありません。医療、発達、心理の診断や判断、個別の子育て指導は行っていません。
お子さんの状態を判断したり、保護者の方の育て方や、先生の保育を評価したりすることもありません。
気がかりなことや、安全に関わる心配があるときは、教材だけで解決しようとせず、状況に応じて身近な人の支えや、専門の窓口へご相談ください。
- 寄付や応援金を受け付けていますか?
いいえ。わ碁ころ幼稚園は、寄付、応援金、カンパやこれらに類する金銭を受け取りません。わ碁ころ幼稚園やその案内から、そうした金銭をお願いすることもありません。
送金先や口座、寄付の手続きについてのご案内も行っていません。
対価をともなう商品やサービスは、寄付とは別のものとして扱います。実際に利用できるものやその条件は、公式サイトの案内をご確認ください。
- 子どもの個人情報や利用状況は、どのように扱われますか?
活動やサービスの提供に必要のない個人情報は取得しません。取得する場合も、目的をはっきりさせ、必要な範囲に限ります。
とくに、お子さんの氏名、住所、連絡先、所属、顔写真、音声、位置情報、健康や発達に関する情報、家庭環境など、お子さんやご家族を特定できる情報は慎重に扱います。
不具合や不正な利用を確かめるために、必要な範囲で動作の記録を扱うことがあります。ご相談の本文やパスワードなど、大切な情報を必要なく記録することはしません。
Cookieの種類や目的、保存期間、第三者への送信、削除の方法といった実際の仕組みは、公式サイトの案内をご確認ください。
